鋏の素材
ステンレスは切れない?
結論からいうと、現在出回っている理容・美容の鋏のほとんどが、ステンレス鋼を使用しています。
ステンレスは鉄にクロム(Cr)やニッケル(Ni)を混ぜた合金です。
これらを混ぜることで、非常に錆(さび)に強くなり、濡れた状態の髪の毛を切る理美容の鋏にとって、最適な鋼材であるといえます。
昔の鋏をご覧になったことのある方はご存知かもしれませんが、いわゆる鋼(はがね)を材料とした鋏は、錆が出ているものが多いです。
ではなぜステンレスは切れないという話が、一般化してしまったのでしょうか?
その昔、錆びない包丁ということで、ステンレスの包丁がつくられた際に、SUS304(18-8)という、スプーンやフォーク、流し台等に使われるステンレスを使ったものがあったそうです。
当然それらの材料で作られた包丁の切れ味が良いわけがなく、それが原因で、ステンレス=切れないということが一般化したと聞いたことがあります。
ステンレスにも沢山の種類が有ります。
その中で刃物用ステンレスといって、刃付けに最適な性能を持ったステンレスが有り、実はそれらは現在の理美容にとって、なくてはならない存在なのです。
コバルト(Co)が入っていればいい鋏?
理美容・トリミング業界において【コバルトの鋏=高級品】といった思い込みが根強くあるようで、商売的にはそこをアピールするメーカーも多々あります。
しかし基本的にコバルトの有無は、鋏の性能に直接関係するものではありません。コバルトが入っていて悪いことはありませんが、入っていなくても良い材料もあります。
少し難しい話になりますが、鋏の鋼材の多くは焼入れといって、高温状態から急激に冷やすと、非常に硬くなります。(一部の材料を除きます)そのままでは硬すぎで脆いので、焼戻しという作業をすることで、硬度は少し落ちますが、粘り強い鋼材になります。
鋏にとって重要なことは、最終的な製品の段階で(焼戻しをした時点で)、規格通りの硬度が出ているかという部分です。これが軟らかすぎれば、なまくらな鋏になり、硬すぎればちょっとした衝撃で刃こぼれしてしまいます。
通常の鋼材はコバルトが含まれているとしても、その量は数%程度です。
しかし中にはコバルト含有量が50%程の材料があり、ステライトや純コバルト等と呼ばれているものが、それに当たります。
非常に摩耗に強く、砥石に載せても、ツルツル滑る感覚で、なかなか削れません。
但し、非常に柔らかい材料なので、(手で力を加えると簡単に曲がります)鋏を落とした時のダメージが大きい傾向にあるので、取り扱いに注意が必要です。
摩耗に強いのに柔らかいとは、一見矛盾しているようですが、そういうものなのです。
磁石にくっつかない鋼材が良い?
これを見て間違っても、磁石をハサミに近づけてはいけません。
聞いた話では、鋏の営業に来た人に
「あなたの鋏はこの通り、磁石に着きます。ウチの鋏は良い材料なので、磁石につかないですよ」
と実演していたと、お客様から聞いたことがあります。
ハサミの刃に磁石をつけると、刃自体が磁性を帯びてしまい、研磨の際の細かい金属の粉が取れなくなり、開閉すると、すぐに切れなくなるハサミになってしまう可能性があります。
磁石につく、つかないは、ハサミの性能に全く関係有りません。
磁石にくっつく良い鋼材があれば、磁石につかない良い鋼材もあります。
硬度が高ければ高いほど、良い材料?
硬度が高い鋏は、一見性能がよさそうですね。
ただ、硬すぎるのも少し問題なのです。
実話ですが、非常に硬度の高い鋏を使っているお客様が、誤って床に鋏を落としてしまった時、その衝撃で刃の部分が砕けた、という体験をされたお客様がいらっしゃいました。
鋏は製造の段階で、2つの刃の咬み合わせを調整する必要があります。その際に、ハンマーで叩く事が多いのですが、硬度の高すぎる鋏はガラスのように割れてしまうので、叩くことができません。
そのため、細かいかみ合わせの調整ができない為、不良品がでやすいと考えられます。
鋏はある程度の硬度は必要ですが、硬すぎることは、決して良いことではありません。良い鋏を造るには、叩いても折れない、靭性(粘り強さ)が不可欠なのです。
シザーズプライムで使用している主な鋼材
成分は主なものを載せています
V金10号 | |||||
---|---|---|---|---|---|
C | Cr | Mo | V | Co | 硬度(HRC) |
1.00% | 15.00% | 1.00% | 0.20% | 1.50% | 57以上 |
錆に強く、永切れする、鋏の鋼材のベストセラー。 シザーズプライムでは、カットシザーズの大多数及び、全てのセニングシザーズで使用しており、好評いただいております。 |
スーパーゴールド | |||||
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C | Cr | Mo | V | Co | 硬度(HRC) |
1.25% | 14.50% | 3.00% | 1.90% | ー | 62以上 |
別名粉末ステンレスハイス。粉末冶金法(粉末状の鋼材を焼き固める製法)により製造される刃物鋼。それにより組織が均質化され、刃物の四大条件(高硬度、高靱性(粘り強さ)、耐摩耗性、耐腐食性)を非常に高いレベルで備えた最高級刃物鋼です。 当店では、カットシザーズの一部に使用しております。 従来よりも永切れする鋏になりますが、鋼材自体の価格に加え、加工が難しい材料の為、V金10号と比較して、鋏の価格も少し高くなります。 |
鋼材メーカー : 共に武生特殊鋼材